多摩で撮影された『青い春』から12年。近寄りがたいミステリアスな雰囲気を持つ少年だった松田龍平は、『舟を編む』で辞書作りに情熱を捧げる不器用な主人公を実に魅力的に演じる本格派俳優へと成長しました。年齢を重ねるごとに増えていく俳優としての引き出しと、変わらずに流れる「松田龍平時間」をお楽しみください。
11月30日(土) パルテノン多摩小ホール 第2部
朝日高校。新3年。学校を誰が仕切るのか。決めるのは屋上ベランダの柵の外に立って、何回手を叩けるかを競う「ベランダゲーム」。失敗すれば校庭にまっさかさま。そして勝者はいつも覚めている九條(松田)だった。九條を中心に新秩序が生まれるかに見えたが、閉ざされたモラトリアム空間の中で、来るべき不安な旅立ちを前に、ある者は目をそむけ、ある者はフェンスを乗り越えていく。一人覚め続ける九條に対し、ダチの青木(新井)は屋上の柵に手を掛ける。“しあわせなら手をたたこうぜ”
松本大洋、伝説の「青い春」をもとに豊田利晃が11年前に選りすぐりの原石たちを使い、弾け跳ばした作品。松田龍平を先頭に新井浩文が高岡蒼甫たちがフェンスを軽々と飛び越えていく。凄惨な暴力がてらいもなく淡々と日常化している校内は、一種敬虔なカテドラルかと錯覚する。九條と青木を軸に雪男(高岡)の狂気が弾け、木村(大柴)は未来を「鉄コン筋クリート」のネズミ<鈴木>に預ける。それぞれ交わらないベクトルを豊田利晃が絶妙にあやつっていく。「ビーバップハイスクール」を蹴飛ばし、「クローズZERO」の底を見透かす作品。松田龍平の覚めた炎はここにあったのかと。……その後九條はオバケと「まほろ」で再会し、へんてこ改造バイクで朝日校生を拉致したやくざに成った番長より拳銃の始末を頼まれる。番長はその後向島で「柳寿司」を継ぐ。……そうそうたる役者たちの原石の素晴らしさを確認できます。(竹)
ゲスト:松田龍平氏、豊田利晃監督
1983 年生まれ、東京都出身。99年、映画『御法度』で俳優デビュー。その年の新人賞を総なめにする。圧倒的存在感ある演技で映画やドラマなどで活躍中。代表作に映画『劔岳 点の記』(2009年)、『まほろ駅前多田便利軒』(11年)、『北のカナリアたち』(12年)、『探偵はBARにいる』シリーズ(11、13年)、『舟を編む』(13年)、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」(13年)などがある。公開待機作に映画『麦子さんと』(12/21予定)、映画『ザ・レイド2 ベランダル(仮題)』(14年)が控える。
1969年、大阪府出身。 9歳から17歳まで新進棋士奨励会 に所属。その体験を元に阪本順治監督の『王手』(91)で脚本家としてデビュー。98年『ポルノスター』で監督 デビューを果たし、日本映画監督協会新人賞を獲得。長篇ドキュメンタリー『アンチェイン』(01)も、世界各国の映画祭へ。『青い春』(01)は第31回ロッテルダム 国際映画祭、第6回釜山国際映画祭コンペティション部 門へ出品される。続く『ナイン・ソウルズ』(03)でも 松田龍平を主演に迎え、『ポルノスター』『青い春』と 続いて青春3部作と言われる。小泉今日子主演の『空中 庭園』(05)も、多数の映画祭に出品される。国内のみ ならず世界各国から高い評価を受けている。『蘇りの血』(09)に続き、『モンスターズクラブ』(11)、『I'M FLASH!』(12)を制作。
玄武書房の営業部に勤める馬締光也(松田)は変人扱いされていたが、ひょんなことから辞書編集部として「大渡海(だいとかい)」を編纂することになった。個性的な辞書編集部の面々に囲まれながら辞書づくりに没頭する馬締の成長の姿が描かれている。
数えきれないほど溢れている言葉を海に例え、言葉の海のなかから自分の気持ちを正確に伝えられる言葉を掴もうとするのが辞書。タイトルの「舟」は辞書、「編む」は編集するという意味がある。「舟を編む」つまりこの作品は辞書を編集する人たちの物語だ。
何か調べものがあるとき、スマートフォン1つちょっと触るだけで調べることができるこの時代。ちょっと古臭くドシっと重みがある辞書の、あの紙の触感を忘れかけていた。作中でファッション誌から配属されてきたばかりの岸部(黒木)のあの衝動と葛藤は観客誰もが共感できる。
現代人の毎日忙しく何かしらに追われていた心には、マジメが故のおもしろさは思わず声を出して笑ってしまう。笑わせようとするものではなく、マジメだからこそ笑えるものがある。そして内に秘めていた思いや情熱を表現する主人公の成長する姿に思わず目頭が熱くなる。
帰り道には、「右」という言葉を自分なりに説明してみたくなる作品だ。(林)
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