「観逃せない」「スクリーンで観たい」2015年を代表する作品の2本立て。アメリカ公民権運動の指導者キング牧師、解雇通告を受けて奔走するサンドラ。〈とき〉を創るのはひと、そのことをかみしめたとき、明日への希望とあたらしい一歩がうまれます。
1964年の人種差別・人種隔離を禁じた公民権法制定の後も、アメリカでは南部を中心に多くの州で黒人の参政権が剥奪される状況が続いていた。マーティン・ルーサー・キング・Jr.(D・オイェロウォ)ら運動の指導者たちは、次なる課題として投票権法を掲げアラバマ州セルマ市で非暴力の闘いを開始。1965年3月7日の日曜日、州都モンゴメリーをめざす525人の平和的なデモ行進は警官隊の催涙ガスや棍棒により暴力的に排除されるが……。
アメリカ公民権運動における「血の日曜日事件」から50年となる2015年に日本で公開となった本作。E・デュヴァネイ監督は「選挙権がなければ、陪審員にもなれない。当時は黒人が殺されても、殺人を犯した白人は誰一人有罪にならなかった」と語っている。
主題歌「Glory」にもあるとおり、昨年8月にミズーリ州ファーガソン市で警官による黒人青年の射殺事件が起きた。そうしたなかでのアメリカ公開と、第87回アカデミー賞と第72回ゴールデン・グローブ賞における主題歌賞の受賞である。この50年間で何が変わり、何が変わらなかったのか。いまも行進は続いていることは確かだろう。
今夏に日本で行なわれた路上からの訴えと、それに呼応する全国の様子は記憶にあたらしい。が、ソーシャルメディアやキュレーションメディアが台頭した現在は、それぞれに都合のよい情報ばかりを消費している感が否めず、見苦しい応酬も散見された。だからなのか、キング牧師の全員に語りかける姿勢が強くこころを打つ。(渉)
体調不良から休職をしていたサンドラ(M・コティヤール)が、ようやく復職できることになった矢先の金曜日に、上司から解雇を言い渡された。解雇を免れる唯一の方法は、16人の同僚のうち過半数が自らのボーナスを諦めること。ボーナスをとるか、サンドラをとるか、月曜日の投票に向けて、同僚たちへの説得に奔走するサンドラの「週末」が始まる。
常に社会の片隅で生きる市井の人々を映画の主人公にしてきたダルデンヌ兄弟が、今回ヒロイン・サンドラ役に選んだのはオスカー女優のマリオン・コティヤール。同僚の家を一軒一軒たずね歩く「二日と一夜」(原題はDEUX JOURS, UNE NUIT)のドラマのなかで華やかさを封印、主人公の弱さと強さ、心の機微さを見事に体現し、さまざまな主演女優賞を受賞、アカデミー主演女優賞にもノミネートされた。
同じ会社で働くということ以外によく知らない相手のために心が動くとしたら、それはその人が本来持ち合わせる善意からなのか、それとも何かきっかけがあるのか。人はどこまで信じ合い、助け合うことができるのか、そんな問いが観る側にも突きつけられる。
カーラジオから流れるヴァン・モリソンの「Gloria」をサンドラと彼女の夫、同僚が歌うシーンでのサンドラの笑顔がかすかな変化を予感させ、印象に残る。物語の冒頭から、どうしようもないほど弱弱しく不安気だったサンドラがたどり着いた選択にあなたは何を感じるだろうか。(ふ)