新たな役柄に臨むたびに新しい魅力と評価を獲得しつつ、決してそこに安住することなく、自らが作ったハードルを超えてゆく俳優・綾野剛。新宿と渋谷を舞台にした新旧の作品でその進化と表現の幅を味わってください。久々の上映となる『渋谷』の豪華なキャストにも注目です。
一文なしだが野心だけは人一倍ある白鳥龍彦(綾野)は、新宿・歌舞伎町に乗り込んで一旗揚げようと決意する。ひょんなことから彼は、スカウトマンとして数々の伝説を持つ真虎(伊勢谷)に誘われてスカウト会社バーストの社員に。街ゆく女性たちに声を掛けては、水商売、風俗、AVの仕事を斡旋し、その紹介料をつかんでいく龍彦。さまざまな人物や出来事と対峙しながら、彼はスカウトマンとして、一人の人間として大きく成長していく。
今年TV東京系で放映されたドキュメンタリードラマ「山田孝之の東京都北区赤羽」で山田孝之を訪ねる綾野剛の素顔を見て驚いた。こんなにもピュアで友情に厚く、誠実な人物だったとは。そして、近年彼がさまざまな役柄を柔軟に演じている理由が少しわかった気がした。悩む親友の力になりたいと思うのと同じように、作品のために自分の持てる力を惜しみなく注ぐのであろう。
『新宿スワン』ではそんな山田孝之との共演もあり、監督は園子温というのだから、面白くないはずがない。園監督はインタビューで、撮影初日、綾野のテンションの高さに驚いたと語っている。しかし、そのテンションが作品全体のトーンを決定付けることとなった。出来上がった作品に観客は今まで見たこともない綾野剛をみつけることとなる。それが不思議と違和感がない。そんなふうに役柄と対峙することで着実に俳優としての幅を広げている。これからも良い意味で観客を裏切り続けてくれることだろう。(黒由)
フリーカメラマンの水澤(綾野)は、渋谷の路上で少女たちを撮り記事を書いていたが、編集長(石田)に彼女たちの上辺だけしか捉えていないと指摘される。そんな折、取材に出た渋谷センター街で「死んでもいいじゃん! 」と切り裂くような声を聞く。母親(松田)を突き飛ばして走り去る少女(佐津川)の後姿。咄嗟に少女を追った水澤は、少女がヘルスに入っていくのを目撃する……。
2010年公開の『渋谷』は綾野剛が映画への出演が増えてきた時期の作品。若手の注目株として頭角を現しつつあったが、世間的に広く知られることとなるTVドラマ「カーネーション」出演前であり、ブレイク前の彼だからこそ出来たはまり役だ。
原作は藤原新也のノンフィクション。渋谷に集う若者たちの内面に優しくも鋭く迫っている。綾野は藤原の分身のようなカメラマン・水澤を演じた。過干渉の母親との関係に疲れ、風俗で働く少女との密室でのシーンはこの映画のハイライトであり、傷ついた心を持つ彼らの震える声は忘れることができない。綾野はドキュメンタリーと見まがうほどに役柄と重なって見え、この頃から全力で役に向き合っていたのがわかる。
他にも、驚くほど豪華な出演者がさり気なく登場する。ティッシュを配る斎藤工、風俗店員の井浦新(ARATA)、街で出会う少女・大島優子(彼女のシーンは実はとても重要)、そして圧倒的な存在感で作品に重みを与えた石田えりと松田美由紀。
西谷監督は、俳優たちのその時期でなければ出せない空気を鮮やかに切り取り、リアルで臨場感のある作品を作り上げた。(黒由)