幸せの本質とは?溝口健二が古典に新たな命を吹き込んで生まれた物語。それからさらに半世紀の時空を越えても時代にリアリティを届けます。上下左右に視界を拡げる長回しは、大画面で観てこそ圧巻。
原作との根本的な相違点は、主人公の描き方にある。生来の好色から男性遍歴を重ね、自由奔放な性を謳歌する女性として描かれたのが、井原西鶴の「好色一代女」。それに対して溝口と依田は、自己主張や被害者意識を極力排除し、男性の都合で不思議な一生をたどってしまう女性が自己実現するためにもがく姿を悲劇的に描いている。
さまざまな男たちと出会い、別れていくたびに不幸になっていく主人公のお春。御所勤めの13歳から50歳過ぎの娼婦までという、お春の転落の生涯を熱演しているのは、当時40代前半の田中絹代だ。
本作品にて、溝口は1952年第13回ヴェネチア国際映画祭にて国際賞を受賞。以降、同映画祭にての受賞は、53年『雨月物語』、54年『山椒大夫』と続いていった。ヨーロッパのヌーベルバーグ世代の若い監督たちにも影響を与えたと言われる。伝統的な日本音楽と西洋音楽とをミックスさせて、独自の音の世界を現出させているとの評価も高い。(鈴)
このとき既に世界的名声を得ていた溝口は、さらに日本の古典文学を題材にした作品作りを続けていた。本作品は、人形所瑠璃の演目「大経師昔暦」を映画化。歌舞伎の演目「おさん茂兵衛」と、井原西鶴の「好色五人女」より「おさん茂右衛門」の話しが付け加えられている。愛に結ばれた男女が不義密通の罪で刑場に引かれていくまでを描いた作品。
商家に嫁いだ若妻は、わがままで好色な夫を諫めるために芝居を仕組むが、ちょっとしたはずみから使用人との不義密通の汚名を着せられてしまう。こうしてのっぴきならぬ状況へ追い込まれてしまった2人が、その逃避行のなかで真実の愛に目覚めてしまうのはなぜなのだろうか。
捕らえられて処刑場におもむくときの彼らには、見物の衆も驚いてしまう。晴れ晴れとした表情、毅然とした態度。このシーンが心に届くとき、溝口が到達した人間の幸せという宝物が私にも見えるに違いない。(鈴)