監督 小津安二郎 - Vol. 1 -

11月22日 「監督 小津安二郎 - Vol. 1 -」 (やまばとホール)

●Time Table●
13:00−14:58
15:15−17:20
秋刀魚の味
麦秋

秋刀魚の味
1962年/松竹製作・配給/1時間53分
 
監督・脚本=小津安二郎
脚本=野田高梧
撮影=厚田雄春
音楽=斉藤高順
出演=笠智衆、岩下志麻、佐田啓二、岡田茉莉子、吉田輝雄、杉村春子
 
秋刀魚の味
 
[ストーリー]
 初老の会社員平山(笠)には一人娘の路子(岩下)がいる。同僚から娘の縁談を進められるが路子にはどうも好きな人がいるらしい。あるとき、平山は恩師の娘が婚期を逃して中年になっているのを見て愕然とする。やがて路子は平山の同僚のすすめで見合いをして、嫁いでいく。ひとり父親だけが残される。
 
[コメント]
 この作品の構想を練っていた1962年2月、生涯独身であった小津は生活を共にしていた最愛の母を失った。その数日前、小津は映画人で初めての芸術院会員となり、喜びを分かち合ったばかりであった。戦後、小津の復活を知らしめた『晩春』(49年、笠智衆・原節子主演)以来、初老の父と独身の娘の関係がこの作品でも踏襲されている。身の回りの世話を娘に頼り、娘の行く末を考えもせずにいた父が、旧制中学時代の恩師と中年の娘がしがないラーメン屋を営んでいる光景を目にし、人生の孤独を感じつつも娘を嫁がせるのだった。恩師の娘を演じた杉村春子は、演技指導の厳しかった小津ですら何も注文をつけなかったと言われているが、無言の立ち居振る舞いはこの作品のテーマを見事に表現している。これまでになく人生の無惨さを描いたこの作品の翌年、小津は端正な作風そのままに、還暦を迎えた12月12日、亡き母のもとへ旅立った。「キネマ旬報」ベストテン第8位。 (竹)

麦秋
1951年/松竹製作・配給/2時間5分
 
監督・脚本=小津安二郎
脚本=野田高梧
撮影=厚田雄春
音楽=伊藤宣二
出演=原節子、笠智衆、淡島千景、二本柳寛、三宅邦子、菅井一郎
 
麦秋
 
[ストーリー]
 北鎌倉の間宮家は老夫婦と病院に勤める康一夫婦、二人の子ども、それに独身の娘、紀子(原)の構成である。一家の気がかりは紀子の結婚である。まわりがいろいろ世話をするが、本人は一向に気にしない。やがて紀子は康一の病院に勤務する子持ちの医師・矢部兼吉(二本)と結婚することを決意して周囲を狼狽させるが、兼吉の母親(杉村)はそれを知って狂喜する。
 
[コメント]
 「ストーリーよりも輪廻とか無常とかを描きたいと思った」とは小津安二郎監督自身の言葉である。娘の結婚と、父母の郷里への隠栖でゆるやかに崩壊していく大家族、その別れの過程が小津監督独特の豊かなユーモアと厳密なスタイルで、あたかも自然のように描かれている点に特徴がある。これは戦後に脚本家、野田高梧とのコンビを復活させ、以降遺作まで二人の共同作業を続けさせることとなった『晩春』(1949年)の主題をより広く展開したものであり、個々の人物が多彩になったぶん、作品世界の陰影が豊かになっているといえるだろう。笠智衆、三宅邦子、菅井一郎、東山千栄子らがはまり役とも言える人物造形を見事に演じるとともに、杉村春子は息子の再婚相手に原節子を迎え狂喜する母親の姿を絶妙な呼吸と身のこなしで表現してみせた。「余白を残す芝居」を心掛けたという小津監督の演出の妙は、繰り返し見るごとに明らかとなるだろう。物静かな表面を支える作品の底が厚いのである。 (竹)