VIVA!! 映画誕生100年 映画回顧 PART2

11月26日 「VIVA!! 映画誕生100年 映画回顧 PART2」 (パルテノン多摩小ホール)

雨月物語
1953年/大映/1時間36分
 
監督=溝口健二
原作=上田秋成
脚本=川口松太郎、依田義賢
撮影=宮川一夫
音楽=早坂文雄
美術=伊藤薫朔
出演=京マチ子、水戸光子、田中絹代、森雅之
 
[ストーリー]
 天正11(1583)年春、琵琶湖周辺に荒れ狂う羽柴、柴田間の戦火をぬって、陶工・源十郎(森)は、妹・阿浜(水戸)とその連れ合い・藤兵衝(小沢)とともに焼き物を売りに城下町まで舟で出る。途中で妻・宮木(田中)と息子は家に帰らせていた。焼き物も売れ、喜び勇んで源十郎が妻への着物を見立てていると、通り掛かった美しい姫君・若狭(京)に屋敷へと乞われる。いつしか若狭の妖しい魅力の虜となって故郷を忘れて日を過ごすが、ある日、町中で老僧から死相が出ていると呼び止められ、体中に魔除けの呪文を書き入れられる。それを知るや若狭は源十即の名を呼びながら襲いかかってきた…。一方、藤兵衡は焼き物を売った大金を手にし、立身出世を夢見て武具を買い求める。偶然から敵の大将の首を拾い、褒美として武将にしてもらったが、宿場町の女郎屋で変わり果てた姿の阿浜と再会する。阿浜は、夫とはぐれた後、雑兵たちに襲われていたのだ。それぞれが、我が家に帰ってきた。そこで源十郎を待つていたのは…。
 
[コメント]
 なんという美しさだろう、と幾度観ても溜息をついてしまう。役者たちの際立つ魅力、早坂文雄の和洋楽器を取り入れた音楽、照明(岡本健一)、美術(伊藤薫朔)、そして宮川一夫の幽玄さすら漂う素晴らしい撮影———それらが相侯って、日本の美意識の厚みを堪能させる。精緻な長回しと、奥行きを生かしたダイナミックな映像の組み立てのみごとさ! ここには、はてしない欲望、愛と死、夢と現実、芸術と生活のすべてがある。溝口健二の、人間の本性をひたと見つめる視線の厳しさに圧倒させられる。それでもなお、人が求めてやまない優美さと情愛を、比類のない詩的な美しさで見せてくれるのだ。しかも、わずか90分の間に———。なにはともあれ、映画史上に残る真の傑作をわれらがスクリーンで再見できることを喜びたい。 (輝)

暁の脱走
1950年/新東宝/1時間56分
 
監督・脚本=谷口千吉
原作=田村秦次郎
脚本=黒澤明
撮影=三村明
音楽=早坂文雄
美術=松山崇
出演=池部良、小沢栄太郎、山口淑子、伊豆肇
 
[ストーリー]
 昭和初年中国戦線。守備隊に敵の捕虜になった三上(池部)と慰問団の春美(山口)が、討伐隊とともに帰ってきた。三上は「春美と情交の上、脱珊を企て敵に投降した」という罪名で軍事裁判にかけられることになった。だが事実は違っていた。2ケ月ほど前、春美たちの慰問団が敵襲にあい、彼女たちは酒保を手伝うことになった。副官(小沢)は春美を口説こうとしたが、春美の心は三上に傾いていた。ある夜二人が抱擁しようとした時、敵襲があり三上は最前線に出される。負傷した三上は春美とともに敵の捕虜となった。やがて自由を得て三上は帰隊したが、軍事裁判を待つ身となった。三上は春美の愛を知り、二人で城外に逃走したが、副官に機銃弾を浴びて折り重なって倒れた。
 
[コメント]
 「銀嶺の果て」で新鋭監督として注目を集めた谷口千吾の「ジャコ万と鉄」に続く第3作。戦後、反戦映画の類は多かったが、この映画のように日本の軍隊のタプーである捕虜、脱走といった問題を真っ向から取り上げ、上官に憤りに満ちた批判の矢を向けた作品は初めてであった。原作は田村泰次郎の「春婦伝」で、中国戦線の慰安所で働いている娼婦を主人公としたものであるが、脚色者の黒澤明と谷口千吉は、女主人公を前線慰問の歌手に変えている。歌手として人気のあった山口淑子を起用するという配役上の配慮と考えられる。主演の山口淑子は、戦時中、李香蘭という名で満映から売り出されたスター、日本語もうまく歌も上手なことから日満親善映画のヒロインとして爆発的人気をさらった。戦後中国側に漢奸として裁かれそうになったが、日本人であることが証明されて帰国した。山口淑子という実名で再出発したが情熱的な演技でスターの座を守り続けた。谷口監督は「銀嶺の果て」以来、雄大なロケーションによるアクションプレイに、今までの日本の監督には類のない才能を見せたが、この映画でも彼の才能は十分発揮され、殊にラストの砂漠の決死の脱出場面には、日本ばなれしたスケールを示した。原作の「春姉伝」は、65年に日活で鈴木清順監督によって再映画化された。原作どおりにヒロインは売春婦できめ細かく描かれ佳作であったが、この作品の封切りのときのような反響はなかった。 (米)

酔いどれ天使
1948年/東宝/1時間38分
 
監督・脚本=黒澤明
脚本=植草圭之助
撮影=伊藤武夫
音楽=早坂文雄
美術=松山崇
出演=志村喬、三船敏郎、山本礼三郎、木暮実千代
 
[ストーリー]
 闇市の近く、ゴミ捨て場となつているドプ池の近くにのんだくれの医師、真田(志村)の医院があった。この真田のところに闇市の顔役松永(三船)がピストル傷の手当を受けにやってくる。結核の疑いがあるからレントゲン写其を撮るようにと言う真田の首を絞め上げて松永は飛び出していく。松永のことが気になる真田は、彼を追いかける。松永は「病気なんかこわくない」と強がるが内心は気にしている。数日後、兄貴分の岡田(山本)が出所してくる。周囲は岡田の機嫌を伺うようになり、松永の女(本暮)も岡田になびいてしまう。岡田と張り合おうとする松永は、男を立てようとするが、逆に刺されて惨めに死ぬ。松永の葬式をおこない、遺骨を自分の故郷こ埋めるという飲み屋の女(千石)を見送る真田医師のところに、結核完治のレントゲン写真を手にする少女(久我)が駆け寄ってきた。
 
[コメント]
 メタンガスの泡がぶつぷつ湧く汚れきった池は、当時の日本の戦後の荒廃を象徴するシーンである。この中に生きるやくざの幹部とアル中の酔っ払いの医者。両者ともいわば人生の落伍者であろう。しかし、この混沌のダイナミズム、絶望と希望を描いたこの作品は、今観でも新鮮さがあり、強さがある。やくざの顔役の三船敏郎は、眼がギラギラ輝き、野性的、けだものといってもよいほどの魅力があった。どうしようもないゴミだめのような生き方を否定的に描きながら、その枠を飛び出すエネルギーの躍動感があった。闇市という当時の日本の姿を示すマーケット街の猥雑さのなかに生活する人々の姿。そのなかには、ブギを歌う笠置シズ子の姿に重なって戦後日本のエネルギーがあり、病み腐った社会のなかに生きる三船敏郎の姿に、スクリーンをはみ出す魅力を感じたのである。 (水)