戦後日本映画回顧 Part1

11月26日 「戦後日本映画回顧 Part1」 (やまばとホール)

野菊の如き君なりき
1955年/松竹/1時間32分
 
監督・脚色=木下恵介
原作(「野菊の墓」)=伊藤左千夫
撮影=久保光三
音楽=木下忠司
美術=伊藤熹朔
出演=有田紀子、田中晋二、笠智衆、杉村春子
 
[ストーリー]
 美しい信州の川を、品のいい老人(笠)が小舟を雇ってさかのぼっている。そして昔のことを回想する。政夫(田中)はこの近くの旧家の次男で中学生。15歳の秋のこと、母(杉村)が病弱なため従姉の民子(有田)が手伝いにきた。二人の仲のよさを兄嫁や作女が噂した。祭りを明日に控えた日、母のいいつけで山の畑に出かけた二人は、初めて相手の心に恋を感じあったが、同時にそれ以来仲を裂かれるようになった。母の考えで中学校の寮に入れられた政夫が冬休みに帰省してみると、民子の姿はなかった。二人の仲を心配した母に説得されて他家へ嫁いだのだった。やがて授業中の電報で呼び戻された政夫は民子の死を知った。民子は政夫の手紙を泡きしめながら息を引きとったという……。
 
[コメント]
 原作は明治の歌人・伊藤左千夫が1906年に発表した小説「野菊の墓」を、木下恵介が脚色・監督したもの。風物的抒情に関しては天才的な映像感覚を持つ木下監督の作品のなかでも、風物の詩情でひときわ抜きんでているのがこの作品である。原作はただ作者自身の若き日の体験かと思われる恋物語を語っているだけであるのに、映画では、いまは老人となっている主人公を登場させ、故郷を訪ねながら少年の日の恋を回想するという形式をとっている。したがって画面の大部分は回想シーンであるが、昔の写真のように楕円形の白いぼんやりした枠で囲んで、古めかしい気分を出している。少年を演じた田中晋二と、少女を演じた有田紀子は、この映画のために起用した無名の新人で、とくに演技カがあるわけでもなく、とくに美男美女というわけでもないが、ひなびた風景にふさわしい似合いの一対として、まことによく“絵”になったし、杉村春子をはじめとする達者な俳優で固めた脇役陣は、昔の田舎の旧家の、かたくなな封建的な気風をよく出している。古い農家の堂々たる風格もよくにじみ出させ、日本的な情感というものを、まことに切々と流露させている。 (米)

あすなろ物語
1955年/東宝/1時間48分
 
監督=堀川弘通
原作=井上靖
脚本=黒澤明
撮影=山崎一雄
音楽=早坂文雄
美術=河東安英
出演=久保賢、鹿島信哉、久保明、岡田莱莉子、木村功
 
[解説]
 おばあちゃん子の気弱な少年が、複雑な人間関係のなかで次第に成長していく様子を、桧(ひのき)に似ているが桧とは違い、明日は絵になろうと一生懸命頑張っている<あすなろう>という木に託して描いた少年の年代記的作品。井上靖の自伝的要素の強い小説を映画化するにあたり、原作にある小学生と中学生時代のエピソードに新たに高校生時代のものが加えられ、3部構成になっている。この作品は、黒澤明監督の助監督を務めていた堀川弘通の監督昇進を記念して、黒澤監督自身が脚色した。

おとうと
1960年/大映/1時間38分
 
監督=市川崑
原作=幸田文
脚本=水木洋子
撮影=宮川一夫
音楽=芥川也寸志
美術=下河原友雄
出演=岸恵子、川口浩、田中絹代、森雅之
 
[ストーリー]
 父(森)は家庭のことなどなにもわからない冷たい暴君タイプ、母(田中)は後妻でひがみっぽく、ヒステリーを起こしては信仰にのめり込んでゆく我の強い女。こういう両親のために暗い家庭に育った碧郎(川口)は不良中学生になって、次から次へと問題を起こす。それは冷たい親たちに対する甘えのゼスチャアなのであるが、親たちはそれを受け止めることはできず、後始末は全部、まだ二十歳前後の姉のげん(岸)が引き受ける。このやさしく美しい姉に弟は頭があがらないが、非行はやまない。そして弟は結核に倒れる。姉の献身的な看護と両親に見守られながら、弟は寂しい微笑を浮かべて死んでゆく。
 
[コメント]
 幸田文の同名小説が原作である。明治の文豪・幸田露伴の次女として生まれた幸田文の自伝風のものであるが、単に自らの身辺に取材したばかりでなく、作者はそこに人間の哀れを見て痛々しい世界を描き上げた。父は高名な文人だが、家庭人としてはまったく無能な暴君、継母は敬虔なクリスチャンだが、リュウマチのために手足が不自由で母としての責任が果せぬ負い目から心もいじけている。娘のげんは当然のこと、主婦の役を引き受ける。その弟の碧郎は道をそれて放蕩の限りをつくすが、次第に病にむしばまれて若い命を絶つ。このギスギスした親子関係のなかで柿と弟は互いにののしり合う言葉を相手にぶつけながら、その実いたわり合っている。一種異様な家庭図が人間の悲しみを強く印象づける。痛々しく悲しい話だが、乾いた表現で貫かれている。宮川一夫のキャメラによる水彩画のような淡彩な色彩撮影が、この映画にふさわしい哀感をにじませていたことは特筆に値する。 (米)