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ストーリー
舞台は越後妻有(えちごつまり)の里山。この雪深い村に都会から移り住んだ木暮さん夫婦は、茅葺き屋根の古民家を修復し、見よう見まねで米を作って暮らしてきた。ゴリゴリと豆を挽いてコーヒーを淹れ、野山の恵みを食卓にならべる。草木染職人の松本さんは、山桜で染めた糸を夫婦並んで手織りする。色鮮やかな着物が仕立てあがるころ、娘さんが成人式を迎えた。
悠々自適、気ままな田舎暮らしに見えるけれど、ときに自然はきびしい。冬ともなれば雪がしんしんと降り続け、来る日も来る日も雪かきに追われる。ひとりでは生きられない。茅葺きや稲刈りも協働作業だ。木暮さんのまわりには不思議と個性ゆたかな仲間が集まり、ことあるごとに囲炉裏を囲んで宴がはじまる。歌と笑い、もちろんお酒もかかせない。そうやって、ここでは新しいかたちの「結(ゆい)」がゆるやかに息づいている。
ある春の朝、大きな地震がおきた。木暮さんの家も全壊したが、彼は再建を決意する――。
『風の波紋』公式サイト ≫
『風の波紋』2015年/99分/カラー/日本
監督:小林茂 撮影:松根広隆 現場録音:川上拓也 音響:菊池信之 編集・アソシエイトプロデューサー:泰岳志 編集協力:山崎陽一 音楽:天野孝子 プロデューサー:矢田部吉彦、長倉徳生 後援:「小林茂の仕事」Oタスケ隊 助成:文化庁 文化芸術振興費補助金 製作:カサマフィルム 配給:東風
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コメント
そこに人が棲すみ、それぞれの暮しを結(ゆ)い合って古里を創る。その強い意志を、深い雪や田畑の稔(みの)りや山羊の命と同等に描く。かつての日本には、こういう人と自然との風景が当り前にあった。が、これは回顧(ノスタルジー)ではなく、再生への覚悟(フィロソフィー)。映画を使って、その祈りを穏やかに開放。映画の「劇」の極(きわ)み。讃!
大林宜彦 (映画作家)
かつて新宿のダンボール村でカメラを構え、シャープな写真を撮りまくっていた木暮茂夫さん。まさかカメラを向けられる立場になるとは。しかもこんな美しい映画の主人公として。ダンボール村の消滅とともにカメラを捨て、新潟で茅葺職人になったという話は聞いていたが、そこでもダンボール村時代のコミュニティの精神がしっかり生きていることを知った。嬉しかった。
追川尚子 (写真家/新宿ベルク副店長)
それは手づくりの世界でもあり、この大地とともに暮らすプロフェッショナルな人びとの世界だ。進歩ではなく、深められていくことを喜ぶ世界。発展ではなく永遠の世界。技術ではなく技の世界。知識ではなく知恵の世界。そしてこんな人間たちの営みを見守っている自然。それはいまでは多くの人たちがあこがれている世界だ。
内山節 (哲学者)
僕は新潟市出身なのでディープ新潟=豪雪地帯は、知っているようで知らない世界。そして僕は、新潟市でさえ地味と切り捨て東京に行き、現代アートなんぞをやっている。そんな男の(疚しさや罪悪感を含む)心を始終モヤモヤと刺激し続ける映画だった。主要な登場人物の多くが新潟出身でない(新潟弁でない)ことも、あるリアリズムとしてのポイントだろう。日本全体の今後百年について思い巡らさざるを得なかった。なんの大事件も起きない淡々とした映画だから、スパッと答えが見つかるわけではないのだけれど、ジワジワと来る。そして長時間粘っただろう撮影が見事。美しい(ちょっと美しすぎる?)自然や、酔漢たちののびのびとした振る舞いには、「よくぞ撮れた」と思うシーンが多々あり。
会田誠 (美術家)
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