構想から20 年、「今作らなくては」という思いを情熱で形にした『野火』。戦争の不条理と恐ろしさを臨場感あふれる映像で幅広い世代に伝えています。「cocoon」など少女と戦争をテーマにした作品で評価を受ける漫画家・今日マチ子氏と評論家の荻上チキ氏を迎えてのトークにもご期待ください。
ときは第2次世界大戦末期。病気を患った田村一等兵(塚本)は、部隊から追い出され、灼熱の太陽の下、戦場をひとり彷徨う。孤独になりながらも、飢えを凌ぎ、偶然にも敗残兵と合流する。そこで司令部から全兵に対してある命令が下されていることを知る。絶望的な戦況のなか、田村は動き出すが……。
いまから70年前、日本は敗戦した。あの当時を生きていなかった人々は、知識としてあの戦争は知っているが、実体験はない。往々にして体験は想像を超える。私を含め、戦争未体験者が多数を占める現代で、あの戦場で一体何が起こっていたかを想像できる人はどれだけいるだろうか。
本作『野火』は、劇中に詳細な解説をしたり、観客をひとつの出口に導くようなことはしない。ひとりの人間を通じ、兵士が正気と狂気の狭間で苦悩し彷徨う模様を描く。狂気は理性を破壊し、常識の定義を変え、伝播する。そんな人間たちと対比して描かれる島の自然が印象的だ。どこまでも広がるジャングル、穏やかな波の海辺、美しい夕焼け。これらが一層、人間たちの不可解な行動に注目を浴びせる。
塚本監督は約20年越しで本作を完成させた。監督は言う。“現実にはこんなことを味わうことのないよう、この映画の世界だけで十分味わい尽くしてください。”
『野火』は映画での体験をもって、本当の戦場そして戦争を想像するための手がかりを提示している。(安健)
1960年生まれ、東京都出身。『電柱小僧の冒険』(87年)でPFFグランプリ受賞。『鉄男』(89年)で劇場映画デビューし、ローマ国際ファンタスティック映画祭グランプリ受賞。主な作品に『東京フィスト』(95年)、『バレット・バレエ』(98年)、『双生児』(99年)『六月の蛇』(2002年)『ヴィタール』(04年)『悪夢探偵』(06年)『KOTOKO』(11年)。俳優としても活動し、マーティン・スコセッシ監督『サイレンス(原題)』(来年公開予定)に出演。本年公開の『野火』は第71回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に出品された。
漫画家。1P漫画ブログ「今日マチ子のセンネン画報」の書籍化が話題に。「cocoon」「アノネ、」「ぱらいそ」「いちご戦争」といった少女と戦争をテーマにした作品でも評価を受ける。
4度文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品に選出。2014年に手塚治虫文化賞新生賞、2015年に日本漫画家協会賞大賞カーツーン部門受賞。近著に「ニンフ」「吉野北高校図書委員会」。juicyfruit.exblog.jp/
1981年生まれ、兵庫県出身。評論家・編集者。ニュースサイト「シノドス」編集長。TBSラジオ「荻上チキ・Session-22」のキャスターを務める。メディア論を中心に、政治経済や福祉、社会問題から文化現象まで幅広く取材し分析。著書に「ネットいじめ」(PHP新書)「社会的な身体」(講談社現代新書)「いじめの直し方」(共著、朝日新聞出版)「夜の経済学」(共著、扶桑社)「未来をつくる権利(NHK出版)など。