第34回映画祭TAMA CINEMA FORUM
ささやかな日々の営みとプラネタリウムを重ねあわせ、心の痛みや苦しみを抱えながらも他者に寄り添う人々をきめ細やかに映し出した。互いを尊重しようと試みる藤沢さんと山添くんの誠実な姿は、希望が見えづらい時代を生きる私たちの心に光をともした。
気持ちをうまく言葉にできない少年・少女・コーチ3人による出会いの煌めきと透明感そして儚さが、ハンバート ハンバートの同名楽曲に心豊かにシンクロした。差し込む光と音楽が一体となったスケートシーンの美しさは、氷のエッジ音さえ心に温かく響き、いつまでも胸に残る作品となった。
コーダとして生まれ、“きこえない世界”と“きこえる世界”を行き来しながら大人へと成長していく主人公の姿のなかに、満ち溢れた親の愛情とそれを受け止めきれない息子の葛藤という普遍的な親子関係を映し込み、身近な物語として観る者を作品に引き込んだ。
漫画を描くことの喜びと苦しみとペンの腕を競った同級生との友情を、膨大な手書きの原画を積み重ね、2次元の世界を立体的に映像化することによって、原作を知らない人たちをも感動の渦に巻き込み、すべてのクリエイターに捧げられた作品として昇華させた。
失われていく認識をプライドと教養で繕い、虚構へと溶けゆくなかで愛する者との別離を予感させる「瀕死の王」の姿は、観る者の脳裏に深く焼き付けられ、「不在の在」の意味を鮮烈に体現した。
『ぼくが生きてる、ふたつの世界』において、コーダという立場に悩みながらも社会とのかかわりのなかでアイデンティティを確立していくさまを繊細に演じた。さまざまな感情が込められた手話は親子の日常をとても自然に映し出して、観客を物語のなかへと引き込んだ。
身体のリズムによる不調、心の浮き沈みに翻弄されながらも懸命に生きる藤沢さんを、ユーモアを交えて愛情いっぱいに表現した。丁寧に編み上げられたキャラクターと温かみのある声によって、星空を見上げたときのような穏やかな幸福感が観る者にもたらされた。
さりげない仕草や声の使い分けなどによってどの役柄においても鮮明に登場人物を浮かび上がらせた。『ナミビアの砂漠』においては、自分勝手で暴力的な振舞いをとりながら心を壊していく新たなるヒロイン像を、生々しくも魅力的にスクリーンに焼き付けた。
長年疎遠だった息子が記憶が混濁している父の過去をたどることにより、これまで知る由もなかった父の実像が露わになるさまをスリリングに描いた。交差する時間軸を立体的に組み上げることによって、社会的テーマを扱いつつも類まれなエンターテインメントに仕上げた。
言葉や行動とは裏腹になる心の内の複雑さや日常の些細な出来事を驚くべき解像度で描き出す一方、画面から溢れ出るエネルギーに心が揺さぶられた。鮮烈な才能あふれる山中瑶子監督の登場は、未来を明るく照らしている。
どの役柄においても演じていることを感じさせず、登場人物をありのままにスクリーンに存在させている。『夜明けのすべて』では、社会のサイクルから外れかけた青年の心を縛りつける糸が少しずつほどけていくさまを精細な描写で体現し、私たちに希望を与えた。
10代の葛藤を作品ごとに巧みに演じ分け、今後の飛躍を予感させる確かな演技力を示した。『カラオケ行こ!』では、表情や声色を繊細に使い分けて感情の抑制から解放への変化を見事に表現し、作品を観客の心に強く響かせた。
いずれの作品においても、森田想ならではの人物造形で物語に実在感をもたらした。『辰巳』では、生意気な少女が姉の敵(かたき)を討つなかで成長していく姿を、情念の込もった瞳とガツンとくる動きで表現し、観客を魅了した。
『違国日記』において、主人公・朝が他者との距離感にとまどいながらも相手を受け止めて、思春期を駆け抜けていくさまを爽やかに演じた。ピュアでまっすぐなまなざしは、未来を切り開いていく力強さを感じさせた。