『わすれな草』上映関連企画

『わすれな草』とあわせて観たいおすすめ映画7選

date : 2017/08/19

TAMA映画フォーラム実行委員会は2017年8月26日(土)に開催する特別上映会において、『わすれな草』(ダーヴィット・ジーヴェキング監督)を上映します。今回の特集では『わすれな草』に関連したテーマや世界観などをキーワードに実行委員が選んだおすすめ映画7作品を紹介いたします。

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『息の跡』

(監督:小森はるか/2016年/93分)

本作は、岩手県陸前高田市で種苗店を営みながら、東日本大震災の記録を後世の人に残そうと手記を書く佐藤貞一さんを追ったドキュメンタリー作品である。失われゆくまちの記憶を文章で記録して残そうとする佐藤さんの振る舞いを、小森監督は長い時間をかけて記録した。『わすれな草』の原題「VERGISS MEIN NICHT」※は、直訳すると「私を忘れないで」という意味である。この「私」とは果たして誰なのか。それは、記憶を失う認知症の母に対する周囲の人々のことであると同時に、少しずつ死に近づく母自身のことでもある。彼女の生きてきた軌跡を、監督は、昔のアルバムやニュース映像、密かに綴られた手紙を通じて探り、映画として残した。母の世話をしながら監督と家族が過ごす時間もまた「失われゆく」時間のかけがえのない思い出として映画の中に刻み込まれている。
※英題は「FORGET ME NOT」。ドイツ語題・英語題ともに「わすれな草」の意味もある。(T.S)

『永い言い訳』

(監督:西川美和/2016年/124分)

妻を亡くした有名作家の主人公(本木雅弘)が同じ事故で妻を亡くした妻の親友の遺族(竹原ピストル)と出会い、やがてその子供たちの面倒を見るようになる。そこには自分が作ることの出来なかった家族の形があり、その家族と関わり合ううちに主人公の心の中で何かが大きく変わっていく。心を寄せ合う家族を描いた『わすれな草』とは真逆の夫婦生活を送っていた主人公が、妻の親友の家族を支え、寄り添っていくうちに他人だった家族とやがて本物の家族のようになっていく。時に家族の形は危うい。だからこそ『わすれな草』の確かな家族がとても尊いのである。家族について考えさせられる2作品である。(H.T)

『幸せなひとりぼっち』

(監督:ハンネス・ホルム/スウェーデン/2015年/116分)

愛する妻を亡くした孤独な中年男オーヴェと、向かいに引っ越してきたパルヴァネ一家の交流を描く。要所要所に挟まれるオーヴェと妻ソーニャの回想が、物語を鮮やかに彩っていく。頑固で怒りっぽく偏屈で、だけれどその実、真面目で純粋であたたかいオーヴェ。その不器用な姿に、ご家族を、あるいは自分自身を重ねる人もいるかもしれない。誰かと共に生きること、他人の領域に踏み込むこと、受け入れること。どれもが人生において必要であると教えてくれる。余談だが、この映画のキスシーンは『ライフ・イズ・ビューティフル』にも引けをとらないほど素敵。(R.S)

『八重子のハミング』

(監督:佐々部清/2016年/112分)

陽信孝氏の原作を『ツレがうつになりまして。』(2011年)などで知られる佐々部清監督が映像化した。山口県萩市を舞台に誠吾(升 毅)の12年にも渡る介護と夫婦愛を描ききった。誠吾は友人の医師から妻の八重子(高橋洋子)が若年性アルツハイマー病であると告げられる。施設を利用することなく介護のほとんどを家族で担っていく。衝突する日々があり、地域住民に叱咤されることもある。けれども、支えてくれる多くの人もいる、その温かさが救いである。症状が進むにつれて少女のように八重子は可愛らしくなっていく。そんな八重子と誠吾のやり取りは時にユーモラスだ。家族による介護、これが最も良いとは限らないだろう。しかし、八重子に寄り添っていく姿勢に学ぶことは大きい。(H.Y)

『愛、アムール』

(監督:ミヒャエル・ハネケ/フランス・ドイツ・オーストリア/2012年/127分)

ジャン=ルイ・トランティニャン(『アスファルト』のイザベル・ユペールと絡んだ少年のおじいちゃん)、エマニュエル・リヴァ、イザベル・ユペールらが出演。長年連れ添った夫婦が妻の認知症発症に伴い、夫は必死に妻に寄り添っていく。試練の連続が押し寄せる。そして最後に選んだ選択が……。究極の愛とは何かを深く考えさせられる。今回、『わすれな草』を観た時に真っ先に頭に浮かんだ作品が『愛、アムール』でした。両作品とも夫は冷静な目を持って妻に接している。愛が媒介する2人の世界は同じ幻想を共有している。しかし、『わすれな草』がドキュメンタリーとは言え、この温度差は何なのだろう。どちらの作品も見応えがあり、観る側に一筋縄ではいかない感想を抱かせる、手ごわい作品である。さて、あなたはどちらの夫婦に思いを入れるか。ぜひ観くらべてください。(N.T)

『人生フルーツ』

(監督:伏原健之/2016年/91分)

「コツコツ、ゆっくり」……樹木希林さんのナレーションで始まる。雑木林に囲まれた1軒の平屋に住むのは、建築家の津端修一・英子夫妻。四季折々、庭を彩る70種の野菜と40種の果実が英子さんの手でごちそうに変わる。長年連れ添った夫婦の歴史と暮らしを丹念に描き出す。 有機的な集合住宅を提唱してきた修一さん。精神病院の設計が最後の仕事となる。コンクリートの建物に、こんな場所で暮らすわけにはいかないと病院の方が修一さんにお願いしたのだ。自然と寄り添うのは日本風だろうか。『わすれな草』は人間と共にあり西洋風だ。しかしこの言葉は重なる。「家は、暮らしの宝石箱でなければならない」「長く生きるほど、人生はより美しくなる」(A.O)

『パーソナル・ソング』

(監督:マイケル・ロサト=ペネット/アメリカ/2014年/78分)

元IT業界人のソーシャルワーカー、ダン・コーエンは、認知症患者が自分の好きな歌(パーソナル・ソング)を聴くことによって、音楽の記憶とともに何かを思い出すのではないかと思いつく。娘の名前すら思い出せず、ふさぎこんでばかりの94歳のヘンリーにiPodで彼の好きだった音楽を聴かせると、目を見開き陽気に歌いはじめ、自身のことも饒舌に語り始めた。ミュージック&メモリーと名付けられたこの療法を試した他の患者たちも、同様に眠っていた記憶・感情が奇跡のように覚醒する様子をカメラは映しだしていく。原題「Alive Inside」は意訳するなら「心は生きている」だろうか。新たな治療法としての音楽の持つ可能性を示したドキュメンタリー作品であり、患者やその家族たちの喜びにあふれた姿には感動を覚える。(F.I)

『わすれな草』イントロダクション

ドキュメンタリー作家ダーヴィット・ジーヴェキングは、フランクフルト近郊の実家へ帰ってきた。認知症になった母グレーテルの世話を手伝うためだ。父マルテは、長年妻を介護してきたが、さすがに疲れてしまったらしい。ダーヴィットは母の世話をしながら、昔からの親友であるカメラマンと共に、母と過ごす最期の時間を映像に記録する。理性的だった母は、病によって、すべての抑制から解放され心の赴くまま自由に過ごしているように見える。自分が若返った気になった母は、息子のダーヴィットを夫だと思い込み、父が思わず嫉妬することも。かつてはドライで個人主義的に見えた父と母の夫婦関係も、いつしか愛情をありのままに表す関係へと変わっていく。記憶を失っていく母の病は、夫婦、家族にとって、新たな“はじまり”となり…。

監督自身の体験を軸に綴られる愛とユーモアに満ちた「最期の時間の寄り添い方」。ドイツで異例の大ヒットを記録し、世界中を優しい笑顔とあたたかい涙で包んだ、夫婦そして家族の愛を映し出すドキュメンタリー。