第28回映画祭TAMA CINEMA FORUM
2006年、大阪・泉南地域の石綿(アスベスト)工場の元労働者とその家族が、国を訴えた。石綿は肺に吸い込むと、長い潜伏期間の末、肺ガンなどを発症する。国は以前から健康被害を把握していたが、経済を優先し規制や対策を怠った。原一男は弁護団の活動や、「市民の会」の柚岡一禎の調査に同行し、裁判闘争や原告らの模様を8年にわたって記録。その多くは地方出身者や在日朝鮮人で、劣悪な労働条件の下、働いていた。裁判に勝って、ささやかな幸せを願う原告たち。しかし国は控訴を繰り返し、長引く裁判は彼らの身体を確実に蝕んでいく……。
2018年、権力によって行政が歪められ、官僚の著しい劣化が露呈したにもかかわらず、どこかペラペラの情報として通過してしまっているように感じます。一方、本作は私たちに<いやなかんじ>という実感をもたらします。本作のメインストリームが8年間の裁判闘争だとしたら、その底流には死に至る時間があります。それは国によって加速され、せめてもの救いである裁判の勝訴とか大臣の謝罪とかも官僚の時間によって引き延ばされます。ただただ保身のための時間が経過するなか、原告は次々に亡くなっていく。官僚が原告たちの前で非人間的な回答を述べ続けるとき、私たちの胸に去来するのは極めて具体的な<いやなかんじ>なのです。それが怒りと哀しみに昇華したとき、柚岡一禎さんにシンクロすることができ、光のようなものを見出せるのかもしれません。(長)
1945年生まれ、山口県出身。東京綜合写真専門学校中退後、写真展「ばかにすンな」を開催。72年、小林佐智子と共に疾走プロダクションを設立。同年、障害者と健常者の“関係性の変革”をテーマにしたドキュメンタリー映画『さようならCP』で監督デビュー。74年、元妻・武田美由紀の自力出産を記録した『極私的エロス・恋歌1974』を発表。87年、元日本兵・奥崎謙三が上官の戦争責任を過激に追究する『ゆきゆきて、神軍』を発表。大ヒットし、日本映画監督協会新人賞、パリ国際ドキュメンタリー映画祭グランプリなどを受賞。94年、小説家・井上光晴の虚実に迫る『全身小説家』を発表。キネマ旬報ベストテン日本映画第1位を獲得。2017年、『ニッポン国VS泉南石綿村』発表。第22回釜山国際映画祭ワイドアングル部門では最優秀ドキュメンタリー賞にあたるメセナ賞、山形国際ドキュメンタリー映画祭2017では市民賞、第18回東京フィルメックスでは観客賞を獲得。18年9月、アメリカ・ピッツバーグ大学の日本ドキュメンタリー映画賞にてグランプリを受賞。後進の育成にも力を注ぎ、これまで日本映画学校(現・日本映画大学)、早稲田大学、大阪芸術大学などで教鞭を執ったほか、映画を学ぶ自らの私塾「CINEMA塾」を不定期に開催している。