第32回映画祭TAMA CINEMA FORUM
『トキワ荘の青春』(市川準監督)の公開から四半世紀のときを経て、住人たちがTAMAに集結。上映後のトークでは、本作の共同脚本を務めた鈴木秀幸氏による進行のもと、鈴木卓爾氏(安孫子素雄役)・翁華栄氏(つのだじろう役)・さとうこうじ氏(石森章太郎役)が、撮影当時やデジタルリマスター版の公開について語りました。
まずは、それぞれの市川準監督との出会いから。翁さんは「CMのオーディションで出会い、その後に『東京兄弟』に少し出演。『トキワ荘の青春』も企画段階から知っていた」と明かします。鈴木卓爾さんは「斎藤久志監督の『夏の思い出 異・常・快・楽・殺・人・者』に主演したところ、そのビデオを市川監督が観たらしく、里中哲夫プロデューサーから電話があった」。さとうさんは「市川監督のCMを担当していた友人からオーディションの誘いがあり、たまたま稽古がすごく早く終わったのでバイクでスタジオに向かって。そのCMの後にも『市川準の役者ファイル』というビデオ企画の試作に関わった」というエピソードを披露しました。鈴木秀幸さんは、鈴木卓爾さんの『夏の思い出』やさとうさんの『役者ファイル』の映像を観ていたことや、市川監督との当時のやりとりなどを紹介しました。
そして、作品についてのコメントへ。鈴木卓爾さんは「(映画の世界と)重なるように、これから俳優やっていくとか舞台で活躍していくとか。いま人気を得ている人たちが集まっていたのはわかるけれど、未来はわからないなかで、トキワ荘の雰囲気と見事にダブってみえて」と語りつつ、「いま観ると1950年代のトキワ荘の人たちの時代を90年代に振り返っていたものを、さらにそこから25年経って、あわせてみているような感覚」と述べました。また、さとうさんは「初の映画だったのですが、舞台をやっていたこともあってか『声がデカい』と監督にずっと言われてて」と、撮影当時を振り返りました。翁さんも当時を振り返りつつ「(映画での演技は)自分のなかで何もしていないってくらいの方がいいんじゃないかと市川監督と話をしていて。それを『トキワ荘〜』でやりましょうって」と、演出の背景に言及。その一環としてか、漫画家役のメンバーが撮影前にセットで衣装を身につけて鍋を囲み、「チューダー(焼酎のサイダー割)」を飲んで過ごしたとのことです。
撮影については、アパートはすべてセットで、アングルによって窓や壁を外していたとのこと。それでも各部屋は細かく作り込まれており、抽斗の中にも物が入っていたそうです。また、台詞の変更も相次いだとのことで、鈴木秀幸さんは「芝居をみながら台詞はずっと直していくということで、翌日の台詞をFAXで送り、市川監督が夜中にそれをまとめて、朝みんなに渡して」と振り返りました。
続いて、会場からの質問に答えるかたちで、実在の漫画家を表現するにあたって気をつけたことが語られました。脚本を練る段階の出来事として「お話を伺った後、赤塚不二夫先生がエレベーターホールまで駆けてきて『フィクションで、俺たちは素材なんだから、好きに面白くつくったらいいからね』と言ってくれたのが思い出に残っている」と、鈴木秀幸さん。役づくりについて、さとうさんは「マネをするのではなく、石森先生の天才的なエネルギーの出し方を何とか表現しようとした」、鈴木卓爾さんは「安孫子さんは捉えようがいろいろあったが、よくしゃべるMC役みたいなところがあったんじゃないかと思って、その部分を意識した」、翁さんは「つのださんはよく撮影現場に兄弟でいらして、弟さんからもいろいろ話を聞いて」と語りました。
最後にデジタルリマスター版での音の改良に話題が移り、鈴木秀幸さんが「『ドライブ・マイ・カー』(濱口竜介監督)でリレコーディングミキサーをやった野村みきさんが丹念な静音をやったことで、公開当時の35mmフィルム版では聞き取れなかった音が蘇った」と説明。鈴木卓爾さんは「すごいことで、それによって観客のみなさんの“記憶”が上書きされているかもしれない」とコメントしました。
公開から四半世紀を経て、幅広く展開し、それぞれに活躍しているゲストの皆様のお話から、日本映画界で受け継がれる製作への心構えをひしひしと感じました。今回のメンバーが上映後のトークに登壇したのは1996年の公開時以来とのことで、とても貴重な機会となりました。今後も、さらに多くの方々に『トキワ荘の青春』をご覧いただきたいと思います。