第27回映画祭TAMA CINEMA FORUM
音楽コンクール“タレンタイム” (学生の芸能コンテストのこと)が開催される高校で、ピアノの上手な女子学生ムルー(P・チョン)は、耳の聞こえないマヘシュ(M・J・キショール)と恋に落ちる。マレー系、インド系、中国系……民族や宗教の違いによる葛藤も抱えながら、彼らはいよいよコンクール当日を迎える……。
この映画は複雑なマレーシアの現実をとても自然な形で伝えてくれる。最初は傍観者の視点で観ていても、映画を観終わった後は登場人物たちを親しい隣人のように思う。ああ、彼らが今幸せでいるといいなと。
人物の描き方も秀逸だ。ひとりの人間のなかにも色々な面があることを気付かせてくれる。例えば、ヒロイン・ムルー。家庭では両親の愛情を受けて育ち時に勝ち気で妹にきつくあたってしまうような「娘」としての顔を見せ、オーディションでは情感たっぷりな弾き語りで審査する先生たちを魅了し、大人びた容姿で男子高校生たちの憧れの対象にもなる。しかし、恋をしたときにはまた別な顔が現れる。
他人のすべてを知るのは困難なように、自分と違う民族・宗教について理解するのは簡単なことではない。それでも、深く知ろうとすればきっとわかりあえる、そんな希望とメッセージがこの物語に込められているように思った。
決して理想だけを追っていたのではない、ヤスミン監督の本当の優しさが今こそ身に染みる。(黒)
2017年、とある小さな町で、世界の演劇シーンで注目を集めるイギリス人劇作家Simon Stephensの「MORNING」を日本初上演する予定となっていた。この戯曲は、親友が町を出ていくことをきっかけに鬱屈からの夜明けを描いたものである。
オーディションで選ばれ初舞台に意気込む少年少女たちであったが、舞台は突如中止となってしまう。「ねぇ、稽古しようよ」と、一人の少女が言い放つ――
たった数時間の演劇には、その何倍もの稽古時間がある。本番までの数か月間は上演作品に支配される。朝から晩まで稽古が続き、小屋入り期間になると劇場に缶詰め状態。戯曲が形になっていく喜びと本番が近づく焦り。当然、睡眠時間は削られ食生活は荒れ、肉体的にも精神的にも疲弊していく。そんな稽古期間を共にする人々は、仲間であり戦友であり、大きな一つの生命体のようでもあると思う。時にぶつかり、怒鳴り、怒鳴られ、もがき、苦しみ、お菓子を囲み、笑う。
この映画を観たときに感じた熱量は、稽古のそれと似ている気がする。74分間のワンカット撮影、ラップグループ・MOROHAの生演奏、一般公募で選出されたキャストたちが劇中で“生きている”ということ。戯曲の内容とともに展開されていく少年少女たちの青春を、是非あなたの目で観てほしい。まばたきすら惜しくなる、熱く、熱く、熱い映画。(志)
1985年生まれ、福岡県出身。ゴジゲン主宰、全作品の作・演出・出演を担う。2009年、NHK「ふたつのスピカ」でドラマ脚本家デビュー。その後、初監督作『アフロ田中』(12年)をはじめ、『男子高校生の日常』、『自分の事ばかりで情けなくなるよ』(ともに13年)『スイートプールサイド』(14年)『ワンダフルワールドエンド』、『私たちのハァハァ』(ともに15年)『アズミハルコは行方不明』(16年)と次々に作品を公開。クリープハイプやチャットモンチーや銀杏BOYZのMVも手がけている。
1982年生まれ、和歌山県出身。ミュージシャン・文筆家・俳優。「毛皮のマリーズ」として2011年まで活動後、翌年「ドレスコーズ」結成。シングル「Trash」(映画『苦役列車』主題歌)でデビュー。現在は志磨遼平のソロプロジェクト。これまでにアルバム6枚、シングル3枚、映像作品2枚をリリース。16年には俳優として『溺れるナイフ』、『グーグーだって猫である2 -good good the fortune cat-』に出演。
編集者、ライター。元「CUT」副編集長。現在、編集・執筆で携わるのは雑誌「AERA」「BRUTUS」「CREA」「Hanako」「Harper's BAZAAR」「POPEYE」「週刊文春」、WEB「リアルサウンド映画部」など。これまで編集・執筆を手掛けた書籍に「伊坂幸太郎×山下敦弘 実験4号」「星野源 雑談集1」「二階堂ふみ アダルト」などがある。