第29回映画祭TAMA CINEMA FORUM
2002年、ブッシュ大統領は「大量破壊兵器所持」を理由にイラク侵攻に踏み切ろうとしていた。中堅新聞社ナイト・リッダーのワシントン支局長ジョン(R・ライナー)は部下のジョナサン(W・ハレルソン)、ウォーレン(J・マースデン)、そして元従軍記者だったジョー(T・L・ジョーンズ)に取材を指示する。だが、破壊兵器の証拠は見つからず、それが政府のねつ造や情報操作であることを突き止めるが……。
権力者があるものを「ない」ないものを「ある」と放言し、周囲がそれを追従するように動く世間の傾向は、今の日本人の多くが強く感じているところだろう。
9.11の同時多発テロをきっかけとし、大量破壊兵器を所持しているという口実でイラクに攻め込んだブッシュ政権。NYタイムスやワシントンポストといった大手新聞社がそれを支持するなか、中堅新聞社ナイト・リッダーは地道な取材を続け、政府が「結論ありき」の調査や情報操作をしている事実を知る。
この映画で目を引かれたのは、ナイト・リッダーの記者たちが分析官や職員といった政府や軍の関係者に取材を行っていた姿だ。事実があやふやな政府発表を鵜呑みにせず、さまざまな情報を集めて真相を究明する。そういった辛抱強い地道な努力の積み重ねが誠実なジャーナリズムを形成するのだろう。映画の最後に出てくる「数字」を眺めながら、そんなことを考えた。(理)
誤報で父を亡くした新聞記者・吉岡(シム・ウンギョン)のもとに、大学新設計画に関する極秘情報が届いた。一方、政権に不都合な情報をコントロールする立場の官僚・杉原(松坂)は、元上司の自殺をきっかけにして国家の闇に気づく。記者と官僚――立場の違いを超えて協力し、真実を究明する二人の前にある事実が浮かび上がってくる。
無軌道な権力とそれを無批判に忖度する者たち、という現代日本のいびつな社会構造を描いた作品。不都合な真実を隠ぺいしようとする者との攻防のなかで、自身のルーツや置かれている立場と向き合い、葛藤する記者とエリート官僚を、『サニー 永遠の仲間たち』『怪しい彼女』のシム・ウンギョンと『孤狼の血』『娼年』の松坂桃李が見事に演じている。それに加え、抑制の効いた演出や音楽、挑戦的な長いカットがテーマの生々しさを際立たせている。
この映画にはステレオタイプの悪徳政治家や黒幕が登場しない。明確な敵が不在だからこそ、輪郭のないものに忠実な内閣情報調査室の多田(田中)の振る舞いが恐ろしく感じられる。誰しも多田のようになる可能性がある。だからこそ、正義を知り、良識を持ち続ける必要があるのだろう。ラストシーンで向かい合う吉岡と杉原の姿を見て、心が引き裂かれそうな思いに駆られた。(理)
1998年にアーティストハウスを設立し数々のヒット書籍を手掛ける一方、映画出資にも参画し始め、映画配給会社アーティストフィルムを設立。2008年にスターサンズを設立し、『牛の鈴音』(09年)、『息もできない』(10年)などを配給。エグゼクティヴ・プロデューサーを務めた『かぞくのくに』(11年)では藤本賞特別賞を受賞。企画・製作作品に『あゝ、荒野』(17年)、『愛しのアイリーン』(18年)など。
映画評論家。東京藝術大学大学院映像研究科映画専攻修了。テレビ・映画の撮影現場を経て、映画専門の執筆業に転向。「ぷらすと」、「japanぐる〜ヴ」などテレビ・ラジオ・ネット配信番組に出演中。「キネマ旬報」、「ELLE」、「FINDERS」、「CINEMORE」、映画の劇場用パンフレットなどに多数寄稿。現在、キネマ旬報ベスト・テン選考委員、ELLEシネマ大賞、田辺・弁慶映画祭、京都国際映画祭クリエイターズ・ファクトリー部門の審査員を務めている。共著「現代映画用語事典」(キネマ旬報社)ほか。