第29回映画祭TAMA CINEMA FORUM
水戸市の若宮団地にアコ(柳)は住んでいるが、家がどこなのか分からなくなり団地を彷徨い続けている。木や鉢植えに話しかけてみるがもちろん返事はなく、人ともうまくコミュニケーションがとれない。アコは一体何者でどこに行こうとしているのか?
この作品はさまざまなことを想起させる。直接的な表現はなくとも震災や、地元を去っていった人々を思い浮かべる人もいるだろう。のどかな水戸にある団地の風景に人気はなく、アコの長靴で歩く音が不穏に響いている。若宮団地で暮らす人々は、都会の人々とは違う様相であり、社会の片隅で生きる人々の一端を垣間見た気がする。鈴木監督が水戸で暮らす実感が映像として浮かび上がっているようだった。
自分の身の回りにあるたくさんのモノたち。それらを人と同じように普遍的な目線で愛することができるのがアコという人物なのだと思う。そんなアコの声にぜひ耳を傾けてほしい。(緋)
柳英里紗は映画を撮ろうとしている。そして彼女を取り巻く、5人の女性たち。女性たちは柳に恋をしている。その恋愛のために映画製作はなかなか進まない。そして彼女を巡り、喧嘩が勃発してしまうが……。
女優・柳英里紗の初監督作が本作である。そして、柳を含めた出演者は本人役として出演している。とにかく柳英里紗の好きな人が出演して、好きなことをやっている。彼女の観たい世界がこの映画には詰まっている。誰かのために映画を作るのではなく、やりたいことを映画で表現し、それが誰かに届けばいい。そんな自由で少し気まぐれな空気が楽しい。ラストの大団円とも言える演出にも注目してほしい。
まだ女優と監督のどちらもやっている女性は少ないが、柳英里紗のようなマルチに活躍する女性がこれからも登場することに期待したい。(緋)
山口のとある施設に勤める中年の警備員の男。若い奴にバカにされうだつも上がらず、やる気もない。夜、いつものように施設を見回りに行くと不可思議な出来事が起き始める。男につきまとう白い影。非日常と日常が交差してゆく一夜の物語。
俳優・染谷将太がYCAMをロケハンした際、一番関心を持ったのが夜に施設内を巡回する警備員だったことは暗示めいている。虚構の世界を立ち上げること、日常生活で役割を演じることのあわいとは何か。真夜中、全能感に満たされたものがみる景色は一個人をこえて、観客にその回路を繋げていく。
求められる枠組みを放棄した中年警備員という古谷実的咆哮と思いきや、無意識の制約をくぐり抜け、創造を実感あるものにしたいという染谷自身の呟きなのかもしれない。ディストピアに片足突っ込んだら空洞death≒その隙間をブランクで埋めつくしたい欲望。あらゆる空間が途切れなく映像で映しとられていくなか、音にまみれて光になる永遠。(内)
山口市にあるアートセンター、通称YCAMで行われている「山口のDNA図鑑」というワークショップに大学1年生のうめはファシリテーター(進行役)として参加している。うめは参加者のタケとシュンの3人でDNAの採取に出かけていく。
本作の冒頭、「これはドキュメンタリーだろうか?」という思いがよぎる。見どころはそこから劇映画へと展開していく面白さだろう。「新しい種」を求め、未開の地へと進んでいくワクワク感をこちらにも味わわせてくれる。なにより、タケ、シュンの初々しく生々しい感情を目の当たりにしてしまうと、観ているほうも本気でドキッとしてしまうし、照れたり微笑んだりしてしまう。
2018年に公開された『きみの鳥はうたえる』でも感じたことだが、三宅監督作からはチームの良さが伝わってくるのだ。三宅監督は映画に関わることの楽しさを映画を通して伝えてくれる特別な存在だ。(緋)
映画監督。水戸市在住。デビュー作『丸』は多数の国際映画祭にて上映された後、2017年にシアターイメージフォーラムにて劇場公開された。 短編映画は『YEAH』『After the Exhibition』『Octopus』など。また、長編第2作となる『あぼっけ』は釡山国際映画祭が主催するアジア最大の企画マーケットであるアジアン・プロジェクト・マーケット(APM)に選出され、現在制作中。
1990年生まれ、神奈川県出身。幼少期からCM、ドラマ、雑誌などで活躍。2000年に犬童一心監督『金髪の草原』で映画初出演。主な出演作は、山下敦弘監督『天然コケッコー』(07年)、中野量太監督『チチを撮りに』(13年)、冨永昌敬監『ローリング』(15年)、huluオリジナル連続ドラマ「代償」(16年)、メ〜テレドラマ「岐阜にイジュー!」(17年)など、多くの映画やドラマに出演している。近年では映画監督として『VERY FANCY』(18年)、『Cosmic Blue』(19年)など、短編映画の制作にも力を注いでいる。
1982年生まれ、福井県出身。オーディトリウム渋谷番組編成を経て、2014年から2019年まで山口情報芸術センター[YCAM]キュレーター。2015年「YCAM Film Factory」を立ち上げ、柴田剛、空族+スタジオ石、染谷将太、三宅唱の新作のプロデュースを行った。最新プロデュース作にカンパニー松尾監督『A Day in the Aichi』(あいちトリエンナーレ2019委嘱作品)。Incline所属。