第29回映画祭TAMA CINEMA FORUM
秋子(前田)は松永(鈴木)という男を追って、極東の街までやってきた。そこで再会した松永は秋子を覚えておらず、再び彼女の前から姿を消した。「もう一度彼に会いたい」そんな強い思いから、秋子は日本人が営む食堂で働きながら彼を探すことに。そんななか、松永がマフィアと接点があるという情報が入り……。
前田敦子のミュージックビデオから派生した本作品。物語前半はロシア・ウラジオストクの街並みと前田敦子のどこか捉えどころのない表情が相まって、より一層物語に謎めいた空気が漂っている。独特の雰囲気をまといながら進む物語は、後半のスピード感ある展開でストーリーの核心に迫ってゆく。ラストのシーンは、私は鑑賞後すぐには自分のなかに消化できない感覚があった。
この作品には私の記憶に残っていたキラキラの笑顔を向けるあっちゃんは存在していなかった。そこにいたのは、重いキャリーケースをぞんざいに扱い不格好に走る姿や、料理をがつがつと無我夢中に頬張る姿の秋子であった。圧倒的な存在感を持つ前田敦子を、こんなにも泥くさく描いている作品を私は初めて観た。
鑑賞後にはあの詩について調べてみてほしい。帰り道で主題歌もぜひもう一度。物語や秋子に思いを馳せて、映像に映る一つひとつに意味を深く探りたくなる、そんな映画だ。(夏)
テレビレポーターの葉子(前田)は“幻の怪魚”を探すため、番組クルーと共に、かつてのシルクロードの中心地を訪れた。目的を果たさぬまま異国のロケが続く。ある日、ひとり街に出た彼女は、聞こえてきた微かな歌声に誘われ美しい劇場に迷い込む。彼女が旅の果てで出会ったものとは……。
黒沢清監督にまた、してやられた。前田敦子主演、オールウズベキスタンロケでロードムービーというからには似たタイプの作品の名シーンをモチーフにして創作意欲を燃やしたのか……、と勝手に想像していた。しかし鑑賞後、その想像とは無縁に、黒沢監督の新しい企みに満ちた構成と映像表現に驚愕した。まず全シーンに葉子が登場している。次に前後半に二つのクライマックスがあるとても珍しい構成。映像表現では、移動や車窓シーンはあるものの、従来のロードムービーのカット割りを踏襲していない。全編一貫して葉子が正面向きでカメラに近づき、次のカットで後ろ向きにカメラから遠ざかる。一人でも、クルー5人でも、バイクでも、車でも……。このカット割りを前半のクライマックスで畳みかけ、白日夢のような演出となっている。そしてどちらのクライマックスも前田敦子のミューズとしての存在感とディーバとしての歌唱力なしに成立しない。こんなに計算された作品でありながら、何ともいえない芸術作品の品格を醸し出しているのが凄い。(逹)
1991年生まれ、千葉県出身。AKB48のメンバーとして活躍し、『あしたの私のつくり方』(2007年)で映画デビュー。12年『苦役列車』で第4回TAMA映画賞最優秀新進女優賞を受賞。その他主な出演作に『もらとりあむタマ子』(13年)、『イニシエーション・ラブ』(15年)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18年)、『葬式の名人』(19年)などがある。『旅のおわり世界のはじまり』(19年)は『Seventh Code』(14年)、『散歩する侵略者』(17年)に次ぐ黒沢清監督作品への出演となった。
1955年生まれ、兵庫県出身。立教大学在学中より8mm映画を撮り始め、83年商業映画デビュー。97年の『CURE』で世界から脚光を浴びると、カンヌ国際映画祭では、『回路』(2000年)で国際批評家連盟賞、『トウキョウソナタ』(08年)で「ある視点」部門審査員賞、『岸辺の旅』(14年)で同部門監督賞を受賞するなど国際的評価も高い。『ダゲレオタイプの女』(16年)は初のフランス映画となる。16年『散歩する侵略者』では第9回TAMA映画賞最優秀作品賞を受賞している。