第29回映画祭TAMA CINEMA FORUM
原発事故から8 年以上が経過し、事故が“終わったこと”として忘れ去られようとしている。数々のドキュメンタリー作品で高い評価を受ける土井敏邦監督が、100 人を超える証言者のなかから選び抜いた14 人の現在進行形の“福島の声”を、4 年かけて映像作品に仕上げた。日本に住むすべての人に向けて語り継ぐ、珠玉の証言ドキュメンタリー。
衝撃的な震災時の映像は写っていない。被災者の困窮した生活の様子に密着するわけでもない。この映画には14 人の証言者の語りが写っているのみだが、その声には怒り・悲しみ・悔しさ・その他言い表せない複雑な感情が滲み出ている。原発事故による放射能汚染で故郷や住処を追われ、生業を失い、家族離散を強いられ、将来への希望を奪われた被災者たちの傷は癒えることなく、膿み、疼き続けている。「自主避難」を巡る家族間の軋轢と崩壊、他県に避難する者と福島に残る者の乖離、補償の有無や差による負い目……。さまざまな分断が追い打ちとなり被災者の精神を蝕んでいる。小学校教師は転校した教え子が「自分の故郷を言えない」という現状を語る。出身地を言うといじめられるそうだ。その教師は、これからの日本を作る子供たちに被災体験を伝えることが自分の役割だと語る。震災から8年以上が経過した。この映画を通して福島の声に耳をすませてほしい。(櫻)
1981 年生まれ、東京都出身。2007 年、ピアノ弾き語りアルバム「御身」が話題になり、坂本龍一や大貫妙子らから賛辞が寄せられる。大林宣彦監督の『転校生 さよならあなた』(07 年)、安藤桃子監督の『0.5ミリ』(14 年)など主題歌や CM の仕事も多い。10 年よりビッグイシューを応援する音楽イベント「りんりんふぇす」を主催。最新刊は「彗星の孤独」(スタンドブックス)、最新アルバムは「たよりないもののために」。現在の興味は福祉、姥神、風の神信仰など。18年より朝日新聞書評委員。