第32回映画祭TAMA CINEMA FORUM
大阪天満御前町の紙屋治兵衛(中村)は妻子ある身でありながら曾根崎新地の紀伊国屋の遊女・小春(岩下)と昵懇の仲となる。
近松門左衛門は江戸時代の元禄文化を代表する浄瑠璃作家で、ヒット作を連発していた。なかでも悲恋ものは人気が高く、多くが映画化された。溝口健二監督『近松物語』、内田吐夢監督『浪花の恋の物語』、増村保造監督『曽根崎心中』、そして篠田正浩監督『心中天網島』。いずれも名作だが、本作が他と大きく異なるのは、その実験精神である。キーワードは「黒」。2つの黒が、この作品の魅力を深めている。
主演の岩下志麻は二役を演じる。小春は治兵衛の心中相手となる、情感あふれる遊女である。もう一役は妻おさんで、眉を落とし、お歯黒を塗っている。これは当時の人妻の慣習であるが、映画で再現するのはリアリズムというより実験に近い。
また、重要な場面でしばしば黒子が登場する。浄瑠璃では、人形は人ではないので悲しいかな、番傘を差すにも黒子の手を借りる。本作の黒子は、人間である治兵衛と小春の道行にまでついてきて手を貸すのである。この黒子は何を表すのか、一考の価値ある役回りと言える。(三)
織子(岡田)は社長夫人でありながら、その実はトロフィーワイフに過ぎなかった。夫・隆志(菅野)は外に愛人をつくり、家を空ける生活が続く。そんなある日、織子は歌会で彫刻家・能登(木村)と邂逅する。
松竹を離れた吉田喜重監督と岡田茉莉子が設立した独立プロダクション・現代映画社が製作した『女のみづうみ』(1966年)に次ぐ、第2作。原作は、直木賞受賞作の立原正秋「白い罌粟(けし)」で、これ以降、吉田監督作品は『炎と女』(67年)から『戒厳令』(73年)までオリジナル脚本が続いている。社長夫人として愛のない結婚生活を送っている女性が、母の情人だった男と再会し、自らもその男を愛し母と同じ道をたどりはじめるという物語を、吉田監督は『水で書かれた物語』(65年)『女のみづうみ』に続き、性を主題に女性側から追究している。岡田は本作について「吉田の映像表現が、よりいっそう自由に、そして大胆に追及されており、それが私自身にも演技することの不思議な魅力、その奥深さといったものを改めて感じさせる、思い出深い作品」と自伝に記している。