第26回映画祭TAMA CINEMA FORUM
長崎県五島列島で、うどんや天然塩を家族で作り生計をたてているトラさんこと犬塚虎夫さん。7人の子どもたちは毎朝5時に起きて、約1時間うどん作りの手伝いをしてから学校へ行く。子どもの成長、結婚、出産、帰郷、そして別れ。家族の営みが丹念に描かれた22年の軌跡。
トラさんは離島で自然の恵みを活かして、家族と暮らすことを体現する規格外の人間である。1993年の撮影当初、トラさん夫婦は2歳から18歳までの7人の子どもたちがいる大家族で、トラさんは「学校では教わらないことを家の手伝いから学ぶことができる」と語る。子どもたちは年齢に応じた仕事の役割があり、黙々とやるものもいれば、仕事はいやと言うものまで幅広い。子どもは成長とともに人生を切り開き、観客はいつしか親であることを体験してしまう。トラさんは経験が大事と考え、皆で魚を釣り、田植えをする。子どもが間違ったことをすれば真剣に叱り、人生の局面で家を出て行く時は泣き、酒を飲んで心を落ち着かせる。その姿は人間味に溢れ、雄大な海のようである。
人は地に足をつけ、暮らしていかなければならない。いつまでも苦言を言ってくれる人がいることはない。ずっと続くと思っていた日常の糸は突然切れ、その不在の大きさに押しつぶされてしまうこともある。そんななか、皆でうどんを練り、足踏みをし、麺に油を塗りながら巻き取り……という家族のリズムを感じることで新たな道も開けてくるだろう。うどんも家族も円環しているのだから。(内崇)
父と母、祖母、兄、そして妹である岡本監督。今は両親が離婚し、函館でばらばらに暮らしている家族。それぞれに生活を送る彼らを訪ねて会話をしても、昔の楽しかった家庭は帰ってこない。一番近く、愛しいからこそ向き合えずにいた家族の愛情や痛みや憎しみ、幸福に思えた時間との距離を描き出す。
岡本監督は映画制作未経験ながら、今まで抱えていた家族への思いを捉えたいと、映画撮影を始めた。初監督作でありながら、家族を持つ者、持たない者、持つことに躊躇する者など多くの人々がその世界を漂うことができる。各々が胸の内を語り、音楽に身を任せる岡本家を通して、観客は自らの家族と向き合わざるを得ない。昔に親が撮った粒子の粗い幸せそうな映像と、大人になった監督が家族との距離感がつかめないながらも撮っている現在の鮮明な姿。その状況に観客は浮遊し、それを俯瞰していくなかで、ばらばらだったかけらが徐々に形作られていくさまに心が沸き立ってしまう。過去の道のりが今に続いている感覚、愛することのゆるぎなさ、音楽(ランタンパレードやceroの楽曲)に救われてしまう瞬間。それらが寄せては返す波のようにたゆたっている。
劇場公開時のSkype中継の挨拶では、函館にいる監督がやさしい眼差しで新たな命を宿した姿をみせ、グッときてしまった。同じ函館を舞台にした『オーバー・フェンス』に監督は文子役で出演されているので併せて観ると味わい深いです。狙って撮れるものではない本作と女優の経験が、今後どのように作品作りに影響していくのだろうか。(内崇)
1980年生まれ、愛知県出身。漫画家。2005年より自費出版で漫画家としての活動を開始し、07年に「Quick Japan」にてメジャー商業誌デビュー。代表作に「音楽と漫画」、「夏の手」、「遠浅の部屋」など。「シティライツ」に収録されている『超能力研究部の3人』は、山下敦弘監督によって14年に映画化された。同監督の新作『ぼくのおじさん』(16年)にもアニメーションで参加している。16年、『あなたを待っています』で映画初出演にして初主演を果たした。「太郎は水になりたかった」の第2巻が発売中。
1983年生まれ、東京都出身。講談師。日本講談協会、落語芸術協会に所属。2007年に三代目神田松鯉に入門。12年に二ツ目昇進。15年「読売杯争奪 激突! 二ツ目バトル」優勝。趣味は落語を聴くこと。若くして、連続物と言われる、宮本武蔵全17席、慶安太平記全19席、村井長庵全12席、天保水滸伝、天明白浪伝全、畔倉重四郎など、それから端物と言われる数々の読み物、それらを異例の早さで継承した講談師。持ちネタの数は8年で110を超えて、講談普及の先頭に立つ活躍をしている。