第26回映画祭TAMA CINEMA FORUM
奈良の五条市を舞台に2つの異なる物語によって構成される。韓国からシナリオハンティングにやってきた映画監督テフンが、助手兼通訳のミジョンとともに、観光課の職員タケダの案内で町を訪ね歩き、花火大会の夜に不思議な夢を見る第1部。韓国から奈良にやってきた若い女性ヘジョンと観光案内所で知り合った柿農家の青年ユウスケの淡いラブストーリーを描いた第2部。
NPO法人なら国際映画祭実行委員会製作、河瀨直美プロデュースの日韓合作の作品。監督は、第2のホン・サンス、韓国の是枝裕和と呼ばれ、釜山国際映画祭・監督組合賞をはじめ、ロッテルダム国際映画祭などにも選出され、世界から注目を集める俊英チャン・ゴンジェ。韓国では、20代から30代の女性を中心にインディーズ映画として異例の大ヒットを記録し、舞台となった五条市にはたくさんの観光客が訪れている。
第1部では、五条市の住民たちが実際にインタビューを受けていて、現地の人々の生活や五条の美しさを感じることができ、1つの映画が生まれる発想の原点に立ち会える。五条の人々との出会いから着想を得て生まれた第2部では、観光に来たヘジョンとユウスケの淡く切ないラブストーリーが描かれている。2人のあまりに自然で台詞とは思えないリアルな会話に、ドキドキさせられ、彼らの恋の行方をずっと観ていたいという気持ちになる。それぞれの世界がモノクロとカラーで描かれている点や、ストーリーのキーポイントとなっている打ち上げ花火の儚い美しさを、ぜひスクリーンで味わってください。(飯絢)
映画監督のチュンスは自作の上映会で講演するため水原の町を訪れる。1日早く着いた彼は観光地を回り、そこで美術家のヒジョンと出会う。喫茶店で話が弾んだ2人は夕食を共にし、ほろ酔いのままヒジョンの仲間の溜まり場まで足を伸ばし、さらに親密になっていくが……。ここまでが前半で、後半はほとんど同じ設定の物語が反復されるが微妙にズレていく。
ロカルノ国際映画祭2015で最高賞(金豹賞)と主演男優賞をダブル受賞し、昨年の東京国際映画祭でも大好評を得た傑作。ホン・サンスお得意の主人公の映画監督が経験する出会いと別れが描かれるが、前半と後半の不思議な連結はこれまでになかったもので、時間軸を巧みに操るホン・サンスが新境地を開いている。
人生において、誰もがあの時に戻ってやり直したい思いは必ずあるはず。今回は、その選択の違いによって変わる展開を同じシチュエーションで2回描き、些細な言動の違いから微妙に関係が変わっていくホン・サンスならではの遊びに満ちた視点で楽しませてくれる。それにより、完璧ではない私たちの人生に優しく寄り添ってくれることで気持ちが軽やかになる。名優チョン・ジェヨンが演じるチュンスの愛らしいダメ男ぶりと小悪魔的な魅力のキム・ミニ演じるヒジョンとのやり取りに、思わずクスクスと笑ってしまう。
この映画と同じように、ホン・サンス作品を初めて観られた方は、これを機に他の作品を観るきっかけに、またファンの方は過去の作品を改めて見直すきっかけとなれば、嬉しい限りである。(飯絢)
1963年生まれ。音楽家/文筆家/大学講師。音楽家としてはソングライティング/アレンジ/バンドリーダー/プロデュースをこなすサキソフォン奏者/シンガー/キーボーディスト/ラッパーであり、文筆家としてはエッセイストであり、音楽批評、映画批評、モード批評、格闘技批評を執筆。ラジオパースナリティやDJ、テレビ番組等々の出演も多数。2013年、個人事務所株式会社ビュロー菊地を設立。
1968年生まれ、東京都出身。日本映画大学准教授(社会学)。専門はナショナリズムとエスニシティ、マイノリティ・マジョリティの関係やアイデンティティ、差別の問題など。主なフィールドは在日コリアンを中心とした在日外国人問題。最近は韓国エンタメにも関心あり。著書に「チマ・チョゴリ制服の民族誌(エスノグラフィー)――その誕生と朝鮮学校の女性たち」(双風舎、2006年 *現在は電子版発売中)、「平成史【増補新版】」(共著、河出書房新社、14年)など。