第35回映画祭TAMA CINEMA FORUM
1980年代イギリス。作家志望のニキ(カミラ)は、母・悦子(吉田)がひとり暮らす実家を訪れる。かつて長崎で原爆を経験し、戦後イギリスに渡った悦子(50年代:広瀬)はニキに乞われ、長崎にいた頃のことを語りはじめる。それは彼女が昔、長崎で知り合った佐知子(二階堂)という女性とその幼い娘とのひと夏の記憶だった。
戦争で原爆投下に見舞われた、戦後復興期の長崎。本作は、その街で、変わりゆく時代に翻弄されながらも生きていく人々の姿が描かれている。
戦争が終わり、かつて跡形もなくなった街は、息を吹き返すように生まれ変わっていく。その光景を前にして、人々は“新しい夜明け”の訪れに、微かな望みを抱きはじめる。けれど、希望の先にあるのは、必ずしも明るい未来だけではない。戦争が刻んだ傷跡は消し去ることができず、大きな影がいつまでもつきまとう。忘れたくても、忘れさせてはくれない。その深い悲しみは、悦子の心にもまた重くのしかかる。彼女が前を向いて生きていくためには、自分を欺くほかなかったのだろう。
時はとどまることを知らず、時代も変わり続けていく。作中、世代を超えて投げかけられる「私たちも変わらなくては」という言葉は、日々移りゆく価値観のなかを手探りで生きている、現代の私たちの姿とも重なっているように映った。(多)
1977 年生まれ、愛知県出身。ポーランド国立映画大学で演出を学ぶ。長篇映画監督デビュー作となる『愚行録』(2017年)では、第73回ベネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出。『蜜蜂と遠雷』(19年)では、毎日映画コンクール日本映画大賞などを受賞。22年に公開した『ある男』は、第46回日本アカデミー賞にて最優秀作品賞を含む最多8部門を受賞した。ほかの作品に、『Arcアーク』『不都合な記憶』がある。
ライター、編集者。「朝日新聞」「週刊文春」「CREA.web」などで映画評やインタビュー記事を執筆。ほか映画関連のインタビューや書籍・パンフレット編集など多数。YouTube番組「活弁シネマ倶楽部」のMCとしても活躍中。著書に「酔わせる映画 ヴァカンスの朝はシードルで始まる」(春陽堂書店)。