第35回映画祭TAMA CINEMA FORUM
1972年、熊井啓監督はカラー全盛の時代にあえてモノクロームでこの作品を撮りました。雪深い田舎に生まれ、兄の失踪や姉の自死という暗い過去を背負う大学生・哲郎(加藤剛)。一方、東京・深川の射的屋で育ち、料亭「忍ぶ川」で仲居として働く志乃(栗原小巻)は、不幸な生い立ちにも耐え抜く、優しさと芯の強さを併せ持つ女性です。心の闇を抱えた二人が出会い、互いに信頼を深め、数々の障害を乗り越えて結ばれるまでを叙情的なモノクロームの映像が美しくつづります。
特に印象深いのは、結婚初夜のシーン。哲郎の「雪国では裸で寝るんだよ」という言葉に、恥じらいながらも応える志乃。雪の夜、馬橇(ばそり)の鈴の冴(さ)えた音だけが響くなか、裸のまま一枚の丹前にくるまり、寄り添う二人の姿は、観る者の心に深く沁(し)み渡ります。
そして、新婚旅行へ向かう汽車の中での、志乃の涙ながらの叫び「見える、見える、あたしのうち!」。初めて“自分の家”を持てたことへの純粋な喜びは、この作品を象徴する忘れられない名場面です。(勝)
朝の海辺でオートバイをぶっとばす清(広瀬)は、不良学生に暴行された少女・早苗(テレサ野田)を助ける。しかし、しばらくして清のもとを訪れた早苗の姉・真紀(藤田)は、彼を暴行犯と決めつけ、警察に突き出そうとする。一方、高校を中退し、荒れた生活を送る清の友人・健一郎(村野)は家庭の問題を抱えていた――。
公開されてから数年後の70年代後半に名画座でこの作品を初めて観た時、高校生だった自分には日常生活とかけ離れた大人の世界に見えて新鮮な驚きがあった。今、改めて観ると、高度成長期の世の中のレールから外れ、無軌道な行動に走る若者の心情が赤裸々に描かれてとても新鮮に映る。圧巻は終盤、スポンサーの大人たちを追い出してヨットで海に出る若者たちの破天荒さ。アラン・ドロン主演の『太陽がいっぱい』(1960年)を彷彿(ほうふつ)とさせる魅惑の映像に、汗・肉体・焦燥感・虚無感が渾然一体となった甘酸っぱさは青春映画の金字塔といえる。海を漂うヨットの俯瞰(ふかん)ショットに覆いかぶさる石川セリの同名主題歌とともに忘れ得ぬラストシーンとなった。(淳)