第35回映画祭TAMA CINEMA FORUM
夜はバー、昼はカフェとして営業する店「Double」で、夜と昼にそれぞれ働く丈流(神尾)と美優(桜田)。業務連絡用のノートだけでつながる2人だったが、次第にひかれあい、互いの素性を知らないまま、大きな玉ねぎの下(日本武道館)で会う約束をする。一方、ラジオ番組で、顔を知らない文通相手と日本武道館で会う約束をしたという30年前のエピソードが語られる――。
ふた昔以上前、文通でやり取りが珍しくなかった頃、そのやりとりに要する時間が重要な意味を持っていた。相手に届くまでの時間、受け取った相手がそれを読み、感じ入る時間、そして返事が届くまでの時間。それを待っている時間が片思いのようなときめきの時間となって、相手を想う気持ちが一層高まっていたように思う。
この作品では業務用連絡ノートを通じて、かつての文通に似た感情の高まりを現代に再現している点が秀逸である。それが、ラジオ番組のなかで語られる30年前の文通相手のエピソードと時代を超えて重なり合い、爆風スランプの名曲とともに心の奥底で共鳴する。相手がはっきり見えていないことによって、より一層想いが高まることの大切さを呼びおこしてくれる。
伊東蒼は30年前、病院のベッドの上でまだ見ぬ文通相手を想う高校生を演じているが、約束を守れなかった自分を責めながら相手を想い続けるけなげな姿に胸が熱くならざるを得なかった。(淳)
冴えない大学生活を送る青年・小西(萩原)。銭湯のバイト仲間・さっちゃん(伊東)とは、他愛もないことでふざけあう日々。そんなある日、女子学生・桜田(河合)の凛(りん)とした姿に目を奪われる。思い切って声をかけると拍子抜けするほど偶然が重なり、急速に意気投合する。桜田に夢中になる小西、その恋の行方は――。
観た映画の内容はすぐに忘れてしまうことも多いのですが、この映画で伊東蒼さんが演じた、さっちゃんの告白シーンだけは、きっと一生忘れないと思います。
密かに想いを寄せていた小西に対して気持ちを打ち明ける、8分間に及ぶ告白シーン。さっちゃんは画面の中心に立ち、滔々(とうとう)と話し続けます。カメラは引きの構図で全身を映し、表情もよく見えません。それでも、涙をこらえながら声と体を震わせて言葉を発する伊東さんの繊細な演技によって、感情が余すことなく伝わってきます。届かないと分かっていても、溢れ出る思いを止められない、その悲痛な姿から一瞬も目が離せません。
誰かを好きになって、1日中その人のことを想っていても、向こうは1秒も思い出していないかもしれない。そう気づいて、泣きたい気持ちになることは誰にでもあるでしょう。そんなありふれた痛みに光を当てるこのシーンは、どうしようもなく胸に響くのです。(玉)
2005年生まれ、大阪府出身。6歳の時にドラマでデビュー。映画『湯を沸かすほどの熱い愛』(16年)で第31回高崎映画祭最優秀新人女優賞を受賞。その後も初主演映画『島々清しゃ』(17年)で第72回毎日映画コンクールスポニチグランプリ新人賞を受賞。第14回TAMA映画賞では『さがす』『恋は光』(22年)などで、最優秀新進女優賞を受賞。その他出演映画に『空白』(21年)『世界の終わりから』(主演/23年)など。声優を務めた長編アニメーション映画『迷宮のしおり』が26年1月1日に公開を控えている。
横浜市出身。明治大学政治経済学部卒業後、1997年に映画美学校第1期生となり、『恋するマドリ』(2007年)で商業映画監督デビュー。以降、『でーれーガールズ』(15年)、『甘いお酒でうがい』(20年)など。『勝手にふるえてろ』(17年)で、第30回東京国際映画祭コンペティション部門観客賞、第27回日本映画プロフェッショナル大賞作品賞を受賞。『私をくいとめて』(20年)が、第33回東京国際映画祭TOKYOプレミア2020にて史上初2度目の観客賞、第30回日本映画批評家大賞監督賞を受賞。
映画評論・映画パーソナリティ・心理カウンセラー。邦画、洋画問わず年間500本以上の映画を鑑賞。映画舞台挨拶や完成披露会見などのMCを数多く担当し、心理学的な視点からも映画を解説・評論。「ぴあ」ほかでの映画評連載や、YouTube「新・伊藤さとりと映画な仲間たち」での俳優対談番組、TBS「ひるおび」での映画コーナーなど、幅広いメディアで映画を紹介。著書に「愛の告白100選 映画のセリフでこころをチャージ」(KADOKAWA)など。2023年「女性記者映画賞」を発起人として設立。